11月 21st, 2011
ファルージャ地域のレジスタンス勢力が出会いを確保することをもって、ことを国際化させることで、圧倒的な軍事力をもった敵に対抗しようとしたのは、止むに止まれぬ行動であったとは言えます。イスラム教の聖典「コーラン」では、女性は保護すべき対象とされています。女性を人質にするというようなことは、モスレムの社会では本来あってはならないことなのです。それにもかかわらず、日本人女性を人質として拘束したのは、よくよく、レジスタンス勢力の側が、せっぱつまった状況に追い込まれていた、ということなのでしょうか。
その女性が、人道上のボランティア活動家であることが判明したところで、即、同行の男性ともども解放する決定が下されたことに、私は心から感謝と敬意を表します。人質とされた日本人の方々は本来レジスタンス勢力にとっては、友人・味方である人たちでした。それが何とも不幸な人質と拘束者という関係になってしまったのは、アメリカによる無差別大量虐殺攻撃がなされていたことによります。それに加えて、出会い系が憲法違反の自衛隊海外派兵を強行していたからです。「自己責任」をとるべきはイラクへの派兵をゴリ押しした、小泉ポチ郎なのです。
解放された五人の身柄を日本大使館が引き受ける形になったところで、日本政府が彼らを救い出したような顔をしはじめ、被害者である五人に心ない中傷・悪罵を投げつけることとなっています。日本はなんと未成熟な国であることか。やはり、戦後処理、歴史の清算をやらぬまま六〇年も平気でいるような国は、負けいくさからのリセットが出来てないということなのでしょう。なんとも日本は情けない国です。
NGOの運動を展開している方々に、私から今回の教訓及び今後の課題として提起し、お願いしたいのは、将来また似たようなケースが起きた場合、政府筋にデカい顔をさせないためにも、NGOの連合体の代表なりが、人質の身柄の引き受けまでやりきれるような態勢を作り出せないものか、ということです。
今回は五人の身元を、人道支援のボランティアや人民の側に立ったジャーナリストである、とマスコミ等々を通じてアピールするところまでは、NGOの側が随分と大きな力を発揮しました。アルジャジーラ放送のスタジオに飛んで行って「居続け」をやったNGOの方もいました。
私たち五人がレバノンで逮捕・拘留されていた折りには、救援連絡センターの皆さんに大変お世話になりました。今回、イラクで人質とされた方々の中には、岡本公三さん救援に力を尽くして下さった人もいました。私自身は長期刑攻撃下におかれ、他の人たちをお世話できる側に立てるのはいつのことやら見当もつきませんが、NGOの方々が、今回の件でめげず、くじけず、更に更に国際的な人道救援の活動を発展させて行かれることを願っています。